〜そして、キミの小鳥は唄うんだってね〜
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目に見えない力を‥‥ 小泉八雲の『耳なし芳一』に想う

 その瞬間、芳一は耳を鉄の指でつかまれ、もぎとられるのを感じた。非常な痛さではあったが、彼は叫び声をたてなかった。重い足音は縁側づたいに遠ざかり――庭へ下り――往来へ出て行って――消えてしまった。

 目の見えぬ芳一は、顔の左右からどろりとしたなまぬるいものが垂れるのを感じたが、手を上げる勇気もなかった。

     (小泉八雲『怪談 耳なし芳一』より) 

 

 小泉八雲の代表作『怪談』の、『耳なし芳一』の主人公・芳一(ほういち)は、阿弥陀寺に住む若き盲目の琵琶法師。平家物語の弾き語りが得意で、なかでも平家滅亡の様を伝える「壇ノ浦」の段の語りは「鬼神も涙を流す」とさえ言われた名手でした。

 ある夜、この芳一の前に一人の武士が現れて‥‥。とある「高貴なお方」の屋敷へといざなわれた芳一は、そこであの「壇ノ浦」を弾き語ることになります。そして芳一は、彼らに七夜にわたってそれを続けることを頼まれます。

 やがて、寺の和尚は芳一の毎夜の外出に気づきます。和尚はこっそりと芳一のあとを追い、そこで恐ろしい光景を目撃します。真っ暗な墓場でたった一人、一心不乱に琵琶を弾き語る芳一と、それを取り巻く無数の鬼火――。盲目の芳一が人間だと思っていた「武士」や「高貴なお方」たちの正体は、壇ノ浦で滅亡した平家の亡霊、だったのでした。

芳一を平家の亡霊たちから救うため、和尚は彼の体中に経文を書き記します。そして、「今宵は声を出すな、動くな、返事をするな」と固く申し渡し、法事のために出かけていきます。

夜になり、寺に一人残された芳一の許にあの武士がやってきます。亡霊であるはずだといのうに、盲目の芳一にはたしかにその生き生きとした気配が感じられるのです。さらには、自らの名を呼ぶその声も‥‥。芳一は和尚からの言いつけ通り、息を殺して動かずにいました。そして、この原稿の冒頭に紹介した、あの出来事が起こるのです。

和尚が芳一の体中に書き記した経文は、亡霊の目から彼の姿を隠しました。しかし、和尚は忘れてしまっていたのです。芳一の左右の耳にだけ、経文を書くことを‥‥。亡霊に認められたのは、暗闇の中に浮かぶ二つの耳だけ。芳一の許をたしかに訪ねた証とするために、武士はそれを引きちぎり、あの墓場へと引き返していったのです。

二つの耳を失った芳一は、手厚い治療によって回復し、その後は「耳なし芳一」と呼ばれるようになりました。琵琶の腕前もこの不思議な事件によってさらに評判となり、何不自由なく暮らしたといいます。

 

『耳なし芳一』の作者である小泉八雲ことラフカディオ・ハーン(18501904)は、明治23年(1890)4月に来日した彼は、同年8月より島根県松江の尋常中学校に英語教師として赴任。この地で約1年3ヶ月を過ごす間に、日本の美しさとともに山陰地方の霊的世界に深い共感を抱くようになったといいます。

偏向の少ない異文化理解の姿勢と豊かな感受性の持ち主であったハーンは、右目を16才の時に失明し、右目も強度の近視だった人物でもありました。だからこそ、より研ぎ澄まされていたであろう五感力の持ち主だったともいえるでしょう。

 

ギリシャ人の母とアイルランド人の父との間に生まれ、世界放浪の末に日本へとたどり着いたハーン。彼が運命の地・松江に到着したのは、明治32年8月30日のことでした。

川岸に位置する旅館に泊まったハーンは、そしてこの宿で迎えた朝の印象を著書『知られぬ日本の面影』の中でこんな風に語っています。


「松江の一日の物音の中で朝眠っている人に、まず聞こえてくる物音は、ちょうど耳底で緩やかな大きい脈が討つ搏つようにひびいてくる。それは柔らかな鈍い衝撃の音だ。」

どうしても忘れられぬ音だ。このカラカラと大橋を渡る下駄の音は――速くて陽気で、調子よく、まるで大舞踏会の足音だ。

「日本人の生活に伴うあらゆる音の中で、私には最も哀れに思われる。米つきの音は日本という国土の脈搏だ。」

ハーンが描き出したものは、「感じる」ことによって生み出されたそれ。

人間がもつ五感の力を、単にその領域だけに留めず、その領域の機能としての認識だけに頼らず、それを研ぎ澄ました心を通して感じること。

たぶんきっと、そういうことなのでしょう。

 

ところで。『耳なし芳一』の主人公である盲目の琵琶法師・芳一は、目に見える世界から隔絶されて生きている人物。見えないというハンディがある彼もまた、研ぎ澄まされた感覚力の持ち主だったはず。芳一を救おうとする寺の和尚には鬼火としてしか認識できなかったものが、だからこそ彼には生者たちとして感じられた、でもあったといえるでしょう。

芳一が感じたのは、そうやって認めたのは、死者が生者であった頃の気配。そして、その想い。今は失われたもの、けれどかつてはたしかに実在していたもの‥‥。

『耳なし芳一』における死者と生者との交流は、まさに「感じる」ことを具現化したもの、といえるのではないでしょう。

 

短編集『骨董』の中に収められた、『露のひとしずく』と題された小品の冒頭で、ハーンはこう語っています。

 

「書斎の窓の竹格子に、ひとしずくの露の玉が震えながらかかっている。

その小さな球面には、朝の色――空と野と遠くの樹木の色が映っている。その逆さの像がそのなかに見える。――また、戸口のまえで子供たちが遊んでいる小さな家が、顕微鏡に映った像のように見える。

目に見える世界以上のものが、そのひとしずくの露に映し出される。目に見えない世界、無限の神秘の世界もおなじように、そのうちに映し出される。そして、そのひとしずくの内にも外にも、絶えざる運動――原子と力との永久に不可解な運動があり、また空気と日光とに触れて虹色の光をはなつ微かな戦慄がある。」

 

 目に見えない力を、見える形に表していく――

 目に見えないものの力を、感じる力。それは、私たちの心に存在する力。見えないものを見える形に表すことは‥‥心が感じるものに命を与え、生あるものにしていくこと。

たとえばそれは‥‥心が感じるものを、心でなければ感じられないものを、「作品」という形で表すこと。研ぎ澄まされた心が感じるものを、研ぎ澄まされていなければ感じられないものを、「作品」という「見える形」に表すこと。

そうやって表された「作品」の、生き生きとした命に触れることで、人は自らの内に秘められた心の力を磨いていくことができるのかもしれません。心の力の音域を広げていくことができるのかもしれません。

そしてそれこそが、表す=表現というものの使命、なのかもしれませんね。

 

 目に見えないものに、心惹かれ続けた小泉八雲――ラフカディオ・ハーン。

 目に見えない力を、見える形に再現し、命を与えたその人が、私はとても好き。

ハーンのようになれたらいいなぁ‥‥

 

 

 

追記

『耳なし芳一』の物語は、下関に実在する民話を元にして生み出されたといわれています。

芳一が住んでいたとされる実在の阿弥陀寺(現在は赤間神宮)には、壇ノ浦の合戦で滅亡した平家一門の墓があり、一説によればそれは平家の怨霊を沈めるために建てられたもともされているそうです。

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